“SPET”の特性と市場動向
透明フレキシブル基板“SPET”の特性と市場動向
はじめに
ドラえもんの「四次元ポケット」になりたい。欲しいものをすぐにポケットから取り出せるこの素晴らしい道具のような会社に,私はなりたいと願っている。これは創業者が,ユーザニーズにフレキシブルに応え,無限の可能性を秘めた会社にする想いを語った言葉の一つである。これを真摯に実現するため,創業から 40 年以上無かった新商品を開発する部門を立ち上げ,市場のニーズを聞き,そのニーズを具現化するための開発を行い,新しい市場へ提案を繰り返し行ってきた。その開発品の一つが今回紹介する透明フレキシブル基板“Super-PolyEthylene-Terephthalate(SPET)”である。結果的に,創業者が目指した“すぐにポケットから取り出せた”わけではないが,ユーザニーズをフレキシブルに応えるため,基板もフレキシブルにすることで,そのイメージだけでも創業者の想いに近づけようとしたことは“無限の可能性を秘めた会社”に,ほんの少し近づけたのではないかと考える。
1. 透明サブストレート市場
透明フレキシブル基板とは,透明なサブストレート上に導体を形成した構造のフレキシブル基板である。この透明なサブストレート市場は,大きく分けて 3 つの主要用途がある。
(1)タッチパネル
(2)フレキシブルディスプレイ
(3)フレキシブル基板
透明フレキシブル基板を開発するまでは,透明なサブストレート上に導体を形成した構造の製品と言えば,タッチパネル / フレキシブルディスプレイが中心であった。タッチパネルは,サブストレートを薄板ガラスやフィルムとし,その表面に酸化インジウムスズ(ITO)をスパッタリング法で導体を成膜する構造である。導体の ITO は,薄膜導体のため配線が見えにくい最大の特徴を活かし,スマートフォンのタッチパネルでの量産が大変多い。ただインジウム(In)は,希少金属であるため資源の枯渇問題や大きな曲げに弱い特性が欠点があり,最近では銅(Cu)や金属ナノインクを用いたメタルメッシュで導体を形成することもある。一方,有機 EL(Electro Luminescence)ディスプレイを含むフレキシブルディスプレイは,ディスプレイとタッチパネルの役割も持たすことができるが,主流のサブストレートは薄板ガラスである。そのためフレキシブルディスプレイのフレキシブル性の要求は不充分であり,ガラスから透明フィルムへの切り替えが待たれている。そのなかにおいて,折り畳むことができるスマホ(フォルダブルディスプレイ)の発売が近づいており,屈曲特性が要求されるためカバーフィルムに透明ポリイミド(透明 PI)の採用が決まり,透明フィルム市場は活気づくと予測されている。ただ,透明 PI は価格が高額なこともあり,予測どおり
に市場の拡大ができるかは注視しておく必要がある。またフレキシブル基板は,メンブレンスイッチを代表とするポリエチレンテレフタレート(PET)をサブストレートとして,銀ペーストやカーボンペーストを印刷して導体を形成していた。この市場は透明性の要求では無く,いかに価格を下げて機能性を持たせるかを追求したフレキシブル基板の一つであった。そのため透明性をより高めるために,ポリ 3,4- エチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸(PSS)を複合した導電性ポリマーで導体を形成して透明性を高めてきた。これらが,一般的な透明
サブストレート市場である。
2. 透明フレキシブル基板“SPET”
透明フレキシブル基板は,今まで市場には無かった透明サブストレート市場の耐熱性,透明性の利点を活かして新たなジャンルの透明なフレキシブル基板を開発した。サブストレートは PET,導体は銅箔とした 3 層 Copper Clad Laminate(CCL)構造とすることで透明性を高めた。さらに,フレキシブル基板として使用するめ,PET を用いても部品がはんだ付けできるまでの耐熱性を高めることで,透明フレキシブル基板を市場に送り出した。電産新法(No.1760)によると,フレキシブル配線板売上高ランキングにおいて,透明フレキシブル基板の売上規模は,この一製品で 18 位のランキングとなる市場規模である。また,この透明フレキシブル基板の市場拡大によって,透明なサブストレートが PEN や透明 PI などの透明フレキシブル基板の商品展開も進んでいる。ただ,PET を用いた耐熱透明フレキシブル基板は競合先がいない独占状態が今も続いている。それでは,この透明フレキシブル基板の特徴を説明する。
2.1 透明フレキシブル基板“SPET”の特徴
透明フレキシブルの特徴は,PET を用いてはんだ耐熱を高めてリフロー部品実装ができる基板として唯一無二である。その特徴は大きく分けて下記 5 点である。
(1)高透明
透明なサブストレートの全光透過率は 92.0%,ヘイズ値は 3.0 と,車載用ガラスの光学特性にはかなわないものの,透明フィルムとしては高透明である。また,導体を形成した状態でも透過率は,90.0%を確保することができる高い透明性が特徴の一つである。
(2)低抵抗
導体(Cu)の体積抵抗率は,1.55 × 10 - 8 Ω・ m(0 ℃)と,ITO 膜や金属ペーストなどと比較して導体抵抗が低抵抗である。そのため,例えば多くのフルカラー LED を搭載したドットマトリックス・ディスプレイにおいても電圧降下することなく光の演出ができる低抵抗が特徴の一つである。
(3)高耐熱
部品の実装時に掛かる低温リフロー温度の 180 ℃に耐えることができる PET サブストレートの高耐熱性である。
一般的な PET では,低温リフロー温度に投入すると,フィルムがカールして熱に耐えることができないが,この透明フレキシブル基板はこの熱に耐えることができる高耐熱が特徴の一つである。
(4)細線
導体(Cu)の最小再現幅は 4 μm,標準ラインナップ導体厚 12 μm の最小再現幅は 12 μm の細線フレキシブル基板である。そのため,配線が見えない透明フレキシブル基板“SPET-MM”として,ラインアップしていることが特徴の一つである。
(5)低誘電率
1 GHz の比誘電率は,2.77 と比誘電率が低い。特に,5 G 関連で注目されている高周波に使用されるサブストレートの液晶ポリマー Liquid Crystal Polymer(LCP)と比較しても低い比誘電率であることが特徴の一つである。
2.2 透明フレキシブル基板“SPET”の構造
透明フレキシブル基板の断面構造は,サブストレート厚みが 100 μm または 188 μm の PET で,その PET 上に透明な接着剤を用いて 12 μm の銅箔をラミネートした 3 層 CCL 構造である。サブストレートは,透明 PI,ポリエチレンナフタレート(PEN),シクロオレフィンポリマー(COP),ポリカーボネート(PC),ポリエーテルスルホン(PES)などの透明フィルムも作製できるが,PET の高透明及び高耐熱の特性やコストも含めて大きくパフォーマンスを上回ることはできなかったため,この組み合わせの 3 層 CCL 構造とした。その理由は開発した接着剤がそれなりに優秀で,様々なモノマーを組み合わせてポリマー化することで,高透明かつ高耐熱な接着剤を実現したためである。すなわち,透明サブストレートに依存しなくても,透明フレキシブル基板の特性を満たすことができる構造を生みだしたことが味噌である。導体には,銅箔を採用した。スパッタや蒸着で金属膜を形成していた頃もあったが,部品実装を前提としたフレキシブル基板市場においては,薄膜導体やめっきの組み合わせでは,部品実装時のはんだ食いによってフレキシブル基板の性能を満たすことができない。よって,銅箔厚は当初 35 μm からスタートし,昨今では 12 μm と市場の要求が変化してきた。その理由は,大電流を流す用途が多かった要求からの変化とサブストレートが透明であっても,導体が不透明であることが透明フレキシブル基板の欠点であったことにある。よって,導体の配線幅も細線化が進み 10 μm よりも細くすることが多くなり,残銅面積を含めて全光透過率が 90.0%以上の要求が多くなっている。表層は,透明レジストと透明カバーレイなどで絶縁層を形成している。透明な絶縁樹脂は柔軟性も持たせるため,表面硬度が硬質樹脂と比較して弱く,その影響もあり吸水率が高くなる要因もある。そのため,透明性,柔軟性と吸水性のトレードオフで透明樹脂を選定して絶縁層を形成している。絶縁層を粘着塗工することで基本的な透明フレキシブル基板の構造は,この 3 層 CCL と絶縁層の構成である。
2.3 透明フレキシブル基板“SPET”の製造工程
基板屋は,一般的に基材は基材メーカから購入し,レジストなどの副資材は副資材メーカから購入し,基板の加工のみを行うことが多い。ただ,透明フレキシブル基板の場合は,全て自社開発し生産している。これも創業者の想いを語った言葉の一つで“何でもやってみよう”の教えと環境から生まれたイノベーション商品である。基本的な,モノマーから基材作製,基板作製,部品実装までの製造工程とその工程の簡単な説明を下記に示す。
(1)プレポリマー
モノマーを分散,混合,反応,析出などの撹拌を行い,必要な粘度のプレポリマーを形成する。
(2)ラミネート
PET 上に一定厚みで塗工しプレポリマー層を形成し,このプレポリマー層上に銅箔をラミネート法で貼り合わせてポリマー化する。ポリマーは,PET と銅箔の熱膨張係数の差を吸収するとともに,透明性と柔らかさのを兼ね備えたポリマー設計とした。
(3)パターンニング
ロールに巻き取った 3 層 CCL の銅箔面側に,感光性樹脂であるドライフィルムをラミネーターで貼り合わせる。
その基材を露光し,現像,エッチング,剥離をすることでロール・パターンニングを行う。
(4)絶縁層形成
絶縁層がレジストの場合,レジストインキをスクリーン印刷機で必要な個所に選択的に塗布することで絶縁層を形成する。このレジストは,透明サブストレートとの相性が極めて重要かつ滲みを極限まで抑え込む設計とした。
(5)表面処理
必要に応じて,防錆処理,黒色処理,錫(Sn)めっき処理,金(Au)メッキ処理などのめっき処理をおこない,機能性やデザイン性の要求に合わせて表面処理を施す。
(6)断裁
基本的に,上記まではロール to ロール生産であり,以降の工程は枚葉工程とすることが多い。ここで,ロール基材の断裁を行い,以降の工程が加工しやすい大きさの枚葉サイズに断裁を行う。
(7)貼り・外形加工
OCA(Optical Clear Adhesive)や補強板のフィルムやテープ貼りを行い,気泡なしなどの要求の場合は,オートクレイプなどで圧力を変化させて脱泡することもある。外形加工は,加工の要求公差に応じて,ビク型,トムソン型,金型,レーザ加工などを使い分けて外形加工をする。
(8)部品実装
黒ガラエポやアルミなどの片面に粘着を施した搬送用トレイに,透明フレキシブル基板を貼り付け治具なので,搬送トレイに精度よく貼り合わせる。以降は,リジッド基板と同様にクリームはんだ印刷,部品マウント,リフロー炉ではんだ硬化を行う。その後は搬送トレイから基板を剥がして,部品搭載型の透明フレキシブル基板が完成となる。
3. 透明フレキシブル基板“SPET”の用途
初期の透明フレキシブル基板の発売を始めたころは,アミューズメント機器を中心に多くの量産をして市場に展開してきた。そのアミューズメント機器では,LED を搭載した電飾が多かったこともあり,電飾を多く使っていたコンサートホールや TV のセット,店舗などにも展開した。この技術を応用して,新たにドットマトリックス・ディスプレイ“BANVISION”を開発し市場に展開した。この商品がきっかけとなり,アミューズメント中心の市場展開から新たな市場へと向かうこととなる。さらに,このドットマトリックス・ディスプレイの発売は,様々な顧客要求を引き出せる商品となり,初期の透明フレキシブル基板も,今では配線が見えない透明フレキシブル基板へと進化 して,特に車載向けの製品で透明フレキシブル基板の市場が拡大している。また,変化が激しいディスプレイ業界では,LCD(Liquid Crystal Display)パネルから新たに AMOLED(Active Matrics Organic Light Emitting Diode)パネルと PMOLED(Passive Matrics Organic Light Emitting Diode)パネルが台頭となった。特に AMOLED は,色彩が綺麗で低消費電力のメリットかつ曲がることが特徴であるが,大型化がしにくいことや焼き付きを生じる欠点がある。
この AMOLED をさらに進化させたディスプレイの一つとして,マイクロ LED ディスプレイの開発が活発に行われている。2012 年に Sony Corporation が Consumer Electronics Show(CES)で 55 型 LED ディスプレイ“Crystal LED Display”を発表し,さらに同社は 2017 年の CES で 9.7 m × 2.7 m の大画面マイクロ LED ディスプレイが発表され,既に新宿のアップルストアなどでこのディスプレイを見ることができる。今後注目されるディスプレイの一つとしてマイクロ LED ディスプレイ市場であるが,LED が極めて小さい大きさのため従来の製造設備では生産ができない。そのため,難易度が少し下がるミニ LED ディスプレイの動きが活発となり,近未来のディスプレイとしてサブストレートとして,ガラスもしくは透明フレキシブル基板に注目が集まっている。ただ,AMOLED の特徴の一つである曲がる特性だけ抜粋すると,サブストレートは透明フレキシブル基板が優位である。これからの用途の一つとして,直近ではミニ LED ディスプレイ市場となることは間違いない。
4. 透明フレキシブル基板“SPET”の今後の展開
透明フレキシブル基板は,サブストレートが PET,透明 PI,PEN などラインナップが充実して市場が広がっている。この先,透明フレキシブル基板のコンソーシアムを形成して,さらなる透明フレキシブル基板の市場拡大の協議ができれば,透明フレキシブル業界にとっても良い風が吹くのではないかと考える。そのためにも透明フレキシブル基板“SPET”も進化が必要で,新たな開発を進めて市場に面白みを訴えて良い風を吹かせていく。さらに,透明フレキシブル基板の取り組みで,様々な人達の出会いから想いを感じて開発商品を具現化してきているが,創業者の想いの一つであるドラえもんの「四次元ポケット」のような欲しいものをすぐにポケットから取り出せるこの素晴らしい道具のような会社には,まだ遠い状況ではある。しかし,何度も失敗する多くの経験,そして失敗を恐れずにチャレンジし,失敗してもくよくよせずに前向きに歩きだす行動力が身についた。また,その心に秘めた無茶な想像に一緒に協力して頂ける人々との出会いが増えた。これはまるで「のび太」という生き方のようで,ドラえもんの「四次元ポケット」が活かされる良きパートナーの存在にはなれたと考える。今回,紹介した透明フレキシブル基板は,不透明な世の中を文字通り透明にするポテンシャルを持った新商品・新技術の一つで,新たしい価値を想像し続けて,将来この挑戦と創造を振り返り,新しい良い風を日本に吹かすことができたのか楽しみである。
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透明基板”SPET”(Super-Polyethylene-Terephthalate)事業部の考え方
感動は人との出会いから生まれ、支えられ助けられ、人も企業も成長する。
執筆依頼がくる透明フィルム加工が、市場に評価され製品展開が進んどるのは 99.9%は運が良かったさかいやと思いますねん。
運を引き寄せたのは、感動する心があったからやと振り返りまんねん。
お客様をはじめ固有の技術を有する企業様方、関係してくれはるみんなと取り組んでいるコンソーシアムの全員がぎょーさん幸せを感じ、えらい豊かになり、一歩一歩進むことでほんま夢を実現したいんや。
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