車載機器の融雪、防曇
透明ヒーターフィルムを用いた車載機器の融雪、防曇
1. はじめに
「結果が悪いのは、全部僕の責任。うまくいったら部下の手柄」。会社を続ける上で、本業を大切にしながら新規事業に挑戦しなさいと、私が創業者から学んだことの1つである。今では創業者から経営体制も移行したが、新規事業に挑戦し続けている私自身がいるのは、多くの恩義を感じていた感謝の気持ちからなのかもしれない。その新規事業化に取り組んでいる商品の1つが透明ヒーターフィルムである。この透明ヒーターフィルムは、2016年から車載メーカの先進運転支援システム(Advanced Driver-Assistance Systems:ADAS)用部品の防曇用途として車載メーカと共同で開発した商品で、2018年10月11日に“直ぐに暖まる車載向け透明ヒーターフィルムの販売開始について”としてPR情報を開示した。このADAS用部品の開発と信頼性評価には約3年間の月日を費やし、その結果として先進運転支援システムに深く関わり、性能や品質についての要求値も把握できるようになった。決して、透明ヒーターフィルムが必須では無かったが、現状のADASの課題を解決する一つの手段として、結果的に防曇や融雪で有効な結果が得られたのではないかと考える。
2. 透明ヒーターフィルム
透明ヒーターフィルムは、様々な方法でヒーターを形成する方式があり、各々に特徴がある。代表的な透明ヒーターフィルムとしては表1 の4 種に大別することができる。今まで主流であった透明ヒーターフィルムは、ガラスもしくはフィルム上に酸化インジウム錫の化合物(ITO)を、スパッタ法などで透明導電膜を形成する方法であった。このITOは、導電性を持ちながら高い透明度がある特徴を活かして、透明ヒーター以外にも多くの製品で採用されている。ただ、ヒーター特性としては、他のヒーターと比較して暖まり方が遅く、さらに柔軟特性が劣るため、ヒーターの曲げなどに対して割れが生じたりする欠点がある。また、ITOは真空での高温スパッタプロセスでの成膜が主流なため、透明なフィルムがその熱に耐えることが難しい。よって、ITO の薄膜形成は、スパッタ法から塗布型ITO などの印刷や転写化が進んでいる。また、導電塗料では、この塗布型ITO以外にも3,4-エチレンジオキシチオフェン(PEDOT)の導電塗料を用いた透明ヒーターもある。このPEDOT は、冷蔵庫や炊飯器の透過型静電スイッチから普及した技術で、ヒーターへの展開も進められている。しかし、導体抵抗が高いため、ヒーター以外の引き込み配線は、金属ペーストなどと複合しなければならない。さらに、経年変化で抵抗値が変化する欠点もある。昨今は、金属ナノ粒子でバルク体には無いナノ粒子の特徴を活かした細線かつ低抵抗の透明ヒーターフィルムもあり、その透明性や特性などで注目されている。これら多くの金属ナノ粒子は、例えば焼成温度が高いなどの課題が残っており、これらの課題を解決していく必要がある。この課題を解決する方法としてナノワイヤー方式があり、焼成温度が金属ナノ粒子よりも低くして市場提案が行われている。しかしながらワイヤーの場合、依然として主流はナノワイヤーでは無く従来型のワイヤーヒーターである。ワイヤーヒーターは、車のリアガラスのデフォッガーに代表されるように、他のヒーターと比較すると実績は圧倒的に多い。ワイヤーヒーターはワイヤーが見える欠点があり、死角を利用した採用に限られる。さらに、リアガラスのデフォッガーは、時間で電源が切れるように設計するなど電力を制御しなければならない欠点もある。最後にメタルメッシュヒーターは、ITO代替えとして提案された方式である。金属薄膜から細線化形成、もしくは線化した導体の薄膜を直接形成して抵抗値を低くした工法だ。金属の膜厚 2 μm以下で、細線幅 2 μm以下が多いため、透明かつ低抵抗なヒーターとしての優位性がある。しかしベースフィルムと金属薄膜の密着性に課題があり、密着層を形成した後にメッキを施すなど、複雑かつ特殊な処理が必要となる。このように、代表的な4 種においてもメリット、デメリットがあり、透明ヒーターフィルムとしては必ず1つの方法が良いと言える状態ではない技術発展途上の分野である。
3. 透明ヒーターフィルム(SPET)
今回、紹介する弊社の透明ヒーターフィルムは、発展途上の透明ヒーター分野の中の1つである。弊社の透明ヒーターは、透明フレキシブル基板のSuper-Polyethylene-Terephthalate(SPET)シリーズの1つで、メタルメッシュ(SPET-MM)型とした透明ヒーターフィルムである。
SPET-MMヒーターの特徴は、
1.高透明なサブストレート
2.低抵抗な導体
3.高耐熱なリフロー実装対応
である。
全光線透過率は 92%であり、透明フィルム素材の中でも透明度が高く、安価で加工しやすい材料を採用した。次に低抵抗な導体は、銅を用いることで他の金属よりも低い抵抗値を実現している。さらに、銅の導体厚を厚くすることでシート抵抗は 0.95mΩ/□となり、ITOヒーターと比較して抵抗値ははるかに低い。そのため即暖にも対応できる。最後に、リフロー実装を可能にするために独自の技術でヒーターフィルムの耐熱性を高めた。一般的なフレキシブル基板と同様に、自動実装に対応しており、電子部品をヒーターフィルム上に実装できる。以上がSPET-MMヒーターの特徴である。図2にSPET-MMのヒーター部の拡大写真を示す。このヒーターの配線幅、配線ピッチは要求によって変え、ヒーター性能や全光線透過率など要求値を満たす設計を行う。図2のヒーター配線の全光線透過率は85%となり、サブストレートの全光線透過率よりも7%低下する。低抵抗ではあるが透明度が落ちることが最大の欠点である。しかしそれぞれの要求に応じてヒーターの設計ができるため、抵抗や透明度重視など、カスタム対応ができる利点がある。
4.透明ヒーターの車載機器への展開
昨年、日産自動車のスカイラインがビッグマイナーチェンジをして話題となった。その内容は、手放し運転で高速道路走行が可能なプロパイロット2.0である。プロパイロット2.0は、前方にフロントカメラ、ソナー、AVMカメラ、サイドレーダー、フロントレーダー、ドライバーモニターを、後方にはソナー、AVMカメラ、サイドレーダーとGPS、3D高精度地図データを組み合わせた全方位運転支援システムである。これらセンサーは、現時点で一般環境においては万能であり、高速道路の手放し運転が可能であるが、積雪や大雨などの悪天候の場合、これらセンサーに雪や水滴が付着や曇ることで正常に動作しない可能性がある。以降は、ヒーターとして目につきやすいフロント周辺に特化して説明する。フロントカメラは、フロントガラスの内側のバックミラー筐体内に配置されている。そのカメラユニットは、カメラの下面にヒーター機能が備えられ、フロントガラスの融雪や防曇をしている。プロパイロット2.0以外の国産車種のフロントカメラにはヒーターが装着されているが、冬季の場合、車内が十分に暖まっていないまま走行を始めると、カメラ前のフロントガラスが凍結していることがある。その時、フロントカメラは機能していないため警告メッセージが表示される。融雪と防曇が解消されるまでの時間はフロントカメラのセンサー機能を十分に引き出せない。そこでプロパイロット2.0は、融雪・防曇問題を、カメラ前に透明ヒーターを配置することで解決している。この透明ヒーターは、ボルボのインテリセーフなども採用されている。さらにボルボのミリ波レーダーはバンパー内に設置されているが、メルセデス・ベンツはエンブレムに内に配置されている。図3のようにエンブレム表面に透明ヒーターを設置することでミリ波レーダーの透過を可能とし、エンブレムの融雪や防曇による誤作動を防止している。融雪や防曇による誤作動は、他のセンサーでも安全面で大きな課題となっている。そのため、透明ヒーターフィルムなどのヒーター類は必須で、これらセンサー個々のスペック要求に応えていく必要がある。
5.透明ヒーターフィルムの設計
車載用センサーなどで透明ヒーターフィルムの要求される内容は、そのセンサーの特性を活かす必要があるため、設計要求は一品一葉である。ヒーターは融雪や防曇などが起こる低温環境下で使用される。そのため想定される環境毎に上昇温度を決めて、ヒーターの昇温速度や対象物の達成温度要求を明確にすることで、ヒーター設計に落とし込む。図4は、室温一般環境で電源投入後 10秒以内に上昇温度が 40℃になるように設計したヒーターの温度上昇グラフである。先程も述べたようにエンジン・スタートと同時にADASなどのセンサー が正常に動作するために融雪や防曇を行う必要がある。特に立ち上がり時間の温度制御は重要で、そのヒーターの特性が決まる。“1秒以内に 100℃以上の温度上昇”の要求もあり、設計は容易ではあるが、センサーで重要視される透過率とトレードオフの関係がある。また、厳しい使用環境下に対する信頼性やセンサー要求に対する信頼性をクリアしなければならないため、全てを満たした透明ヒーターを設計する必要がある。さらに、ヒーター電源のONとOFFなどの温度制御が必要なヒーターの場合、弊社の透明ヒーターフィルムの特徴である電子部品が実装できる利点を活かして、サーミスタなどの温度センサーをヒーター近傍に実装することで、ヒーター温度を感知して電源のONとOFFを繰り返し、ヒーターの要求温度範囲内の温度制御をすることも可能である。
図5は、透明ヒーターフィルムの温度分布を示すサーモグラフィーの画像である。ヒーターの要求としては面内温度バラツキや温める素材の周囲温度も均一した設計を行うことが多い。このような事例は、透明ヒーターフィルムの要求されるほんの一部である。透明ヒーターフィルム市場は大きくなるとともに、多種多様な要求に応えていく必要がある。
6.最後に
透明ヒーターフィルムは、1の透明ヒーターフィルム大別以外にも様々な方式がある。理由は、車載用透明ヒーターフィルムの要求が多種多様化しているからである。ADASの要求レベルは、現状はレベル2であり、さらにレベルを上げる取り組みが活発化している。ボルボは、レベル3は運転車と車のやり取りでリスクを伴うため、2021年にはレベル3を飛ばしてレベル4を目指すとニュースが流れた。まだ実現していない未来を作るために各社様々な取り組みが進んでいる。透明ヒーターフィルムも、この車載メーカのADASの取り組みに、少しでも支援ができるようにレベルアップした透明ヒーターフィルムの開発を続けていき、透明ヒーターフィルムがいらないシステムにならないようにしていきたい。ここまで、透明ヒーターフィルムの市場に入り込めたのは、一緒に開発を進めた部下の手柄で、さらに良いお客様、取引先に恵まれた結果である。さらに、透明ヒーターフィルムの進化する開発や新たな車載センサーの要求に応える商品を開発して、新事業に挑戦し続けて多くの出会った人に感謝の気持ちを示めしていきたい。
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透明基板”SPET”(Super-Polyethylene-Terephthalate)事業部の考え方
感動は人との出会いから生まれ、支えられ助けられ、人も企業も成長する。
執筆依頼がくる透明フィルム加工が、市場に評価され製品展開が進んどるのは 99.9%は運が良かったさかいやと思いますねん。
運を引き寄せたのは、感動する心があったからやと振り返りまんねん。
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